もしあなたが、AIに毎回同じ説明をしている感覚があるなら。
「うちの会社はこういう商品で、お客さんはこういう人で、文章はこういうトーンで、、、」と、チャットを開くたびに打ち込んでいる。先週うまくいった指示を、どこに書いたか忘れてしまう。社員に「AI使って」と言ったけれど、人によって出てくるものがバラバラ。
そういう感覚があるなら、この記事は役に立つと思います。
というのも、海外でちょっと面白い動きがあったんです。Googleが9月の終わりに、Geminiの「Gems」という機能をやめて、「スキル」という仕組みに切り替えると発表しました(出典: Google The Keyword・2026年9月)。
「機能の名前が変わっただけでしょ?」と思うかもしれません。私も最初はそう思いました。ただ、よく見ていくと、これは小さな会社にとってかなり大事な変化なんです。
Googleは何を変えたのか?
まず、前提を揃えさせてください。
Gemsというのは、Geminiの中に「自分専用のAI」を作る機能でした。たとえば「うちの会社のメルマガ担当」というGemを作っておき、そのGemを開いて文章を書かせる。ChatGPTでいうGPTs、Claudeでいうプロジェクトに近いものです。
今回Googleが出した「スキル」は、少し考え方が違います。
スキルは「繰り返し使う指示を、名前を付けて保存しておくもの」です。普通のチャットの中で、スラッシュに続けてスキルの名前を打つと、その指示が呼び出されます。複数のスキルを重ねて使うこともできます。Googleの例では「自分の文体のスキル」と「ブランドガイドラインのスキル」を組み合わせて、自分らしい文章をブランドの決まりに沿って作る、というものが示されていました(出典: Google The Keyword・2026年9月)。
違いが分かるでしょうか。
Gemsは「AIを分ける」発想でした。用途ごとに別のAIを用意する。スキルは「指示を部品にする」発想です。AIは1つのまま、指示のほうを部品にして組み合わせる。
ちなみに、同じ時期にOpenAIも、ChatGPTのBusinessプランでチームで共有する定期タスクを入れています(出典: OpenAIリリースノート・2026年9月)。AnthropicのClaudeにも、以前から同じ名前の「スキル」という仕組みがあります。会社は違うのに、向かっている方向は同じなんですよね。
私はここで「あれ?」と思いました。
競争の軸が「上手に頼む」から「頼み方をためる」に移っている
以前、「AI時代にプロンプトが重要じゃない理由」という記事を書きました。プロンプトの書き方を競っても仕方がない、という話です。
今回の動きは、その続きに見えます。
AIを作っている会社が揃って「指示を保存して、再利用して、組み合わせる」方向に進んでいる。これは、ユーザーに「毎回うまく頼んでください」と言うのをやめた、ということだと思うんです。上手に頼む技術を競うフェーズは、もう終わりつつある。代わりに、「あなたの会社の頼み方」をどれだけ貯めてあるか、が差になる。
これ、Excelとまったく同じ構図じゃないでしょうか。
Excelが使える人と使えない人の差は、昔は「関数を知っているか」でした。でも、本当に仕事が速い人は、関数を覚えていた人ではなかったですよね。自分の仕事に合わせたテンプレートを持っていた人です。請求書の雛形、売上集計のシート、毎月使う表。一度作っておけば、翌月は数字を入れるだけ。その人は「Excelが上手い」のではなく「自分の仕事をExcelに写し終えている」んです。
AIも同じところに来ています。
「プロンプトが上手い人」と「自分の会社の指示を貯めてある人」。後者のほうが、来月も再来月も速い。しかも、その指示は本人が休んでも会社に残ります。
AIへの指示は、使い捨ての「お願い」ではなく、会社に貯まっていく「資産」です。
小さな会社ほど、指示を貯める効果が大きい
「それは大きな会社の話では?」と思うかもしれません。私は逆だと思っています。
小さな会社では、たいてい一人が複数の仕事を兼ねていますよね。社長が営業もして、メルマガも書いて、お客さんへの返信もする。だから「毎回ゼロから説明する」コストが、そのまま社長の時間に跳ね返ります。
たとえば、5人の会社で、全員がAIを使っているとします。ただ、会社の説明・お客さんの説明・文章のトーンは、それぞれが自分の言葉で打ち込んでいる。すると何が起きるか。出てくる文章が人によってバラバラになります。しかも、一番いい指示を持っている人がいても、その指示は本人のチャット履歴の中に埋もれていて、誰も使えない。
ここで指示を部品にして共有しておくと、話が変わります。
「うちの会社の説明」という部品。「うちのお客さんはこういう人」という部品。「文章のトーン」という部品。この3つを決めておけば、新しく入った人でも、初日から同じ水準で書けるようになります。これは、新人に渡す引き継ぎ書と同じなんです。引き継ぎ書を書いている会社は、人が入れ替わっても仕事の水準が落ちにくい。AIへの指示も、まったく同じ役割を果たします。
もう1つ、見落としがちなポイントがあります。
指示を部品にすると、「どの部品が効いているか」が分かるようになることです。毎回ゼロから頼んでいると、うまくいった理由も、うまくいかなかった理由も、チャットの海に消えていきます。部品にしておけば、「トーンの部品を直したら返信の質が上がった」というように、改善が積み上がる。これは、PDCAが回り始めるということです。
ただ、注意点もあります
ここまで読んで「よし、全部スキルにしよう」と思ったなら、少し待ってください。
指示を貯めることには、落とし穴もあります。一度保存した指示は、古くなっても動き続けるんです。半年前の商品説明、去年のキャンペーンの前提、もういないお客さん像。こういうものが部品の中に残っていると、AIはそれを「今の会社」だと思って書き続けます。
なので、貯めるだけでなく、見直す日を決めておくことが大事です。月に一度でいい。「この部品、まだ本当か?」と読み返す。
もう1つ。今回のGoogleの切り替えで分かるとおり、AIの機能そのものは、しょっちゅう名前も形も変わります。今日Gemsに入れた指示は、来年には別の箱に移っているかもしれない。だから、指示の原本はAIの中だけに置かないほうがいいと思っています。社内の文書として、普通のテキストで持っておく。そのうえで、それぞれのAIに貼り込む。こうしておけば、道具が変わっても資産は残ります。
道具は変わります。でも、「うちの会社はこういう会社で、お客さんはこういう人で、文章はこう書く」という言語化は、どの道具に乗せても使えるんです。
明日から何をするか
難しいことは要りません。順番にやってみてください。
1つ目。今日か明日、AIを使ったときに、自分が打ち込んだ「前置き」を1つだけコピーしてください。会社の説明でも、お客さんの説明でも、文章の注文でもいい。それをテキストファイルに貼ります。これが最初の部品です。
2つ目。その部品に、名前を付けてください。「会社説明」「お客さん像」「メルマガのトーン」のように、呼び出すときに迷わない名前にします。使っているAIがGeminiならスキルに、ChatGPTならプロジェクトやカスタム指示に、Claudeならプロジェクトに、同じ文章を貼っておきます。
3つ目。1週間使ってみて、「毎回足している言葉」があったら、それを部品に足してください。部品は、使いながら育てるものです。最初から完璧を目指さないでください。
4つ目。来月のカレンダーに「AIの部品を読み返す」という予定を15分だけ入れてください。古くなった前提を消すためです。
AIの機能がこの先どう変わるかは、正直、私たちにはコントロールできません。ただ、自分の会社の頼み方を言葉にして貯めておくことは、今日からできることなんです。